モトコーを散策
近くで写真が撮りたい。練習したい。ということで近くを散策。戦後復興で繁栄した歴史のある元町の高架下商店街、【モトコー】に行って写真撮ってきた。
モトコーは、戦後の物が何も無い時代に色々な所から来た人が、売れそうなものを売っていくというところで始まった。
神戸は海も近く、戦後時代は海外からのお客さんや、米兵のお客さんが居たりと活気もあったという。
神戸の歴史に切っても切り離せない場所の1つ。
耐震工事で無くなる
しかし、JR神戸線の耐震工事が必要になり、立ち退きしないといけない状況に。
もちろん反対する店舗もあるが、人や他地域に移転する人、JR三ノ宮側の高架下に移動した人など、様々。
モトコーの西側はすでにシャッター街になりつつあり、耐震工事の為、その景観がなくなる可能性があり1つの記憶として自分のカメラで撮りたい。
モトコーを撮ってきた
土曜日の16時頃、シャッターが降りている店が多い。
工事の遮音壁に絵を書いている。シャッターが続く中での華やかさ。
突然現れた絵と現場に似合わないほどの華やな絵。書いた人はきっと
「このシャッターが多い状況に少しでも彩を」
と思って書いたのかも。けれど、その孤軍奮闘の思いがひしひしと感じられて虚しさも感じた。
営業している店舗もある。
店内に収まりきらない製品や売り物を通路にまで並べるスタイルは、モトコースタイルかも知れない。
掘り出し物市みたいでついつい何か良いものが無いかなと見入ってしまう。
最後にこの写真。おじさんが2人話している。
帽子を被ったおじさんと世間話をしてきた。若い時に、別府からモトコーで商売をしだした。
「昔は何も無い時代だったから、何かを置いてたら誰かが買っていた時代。今はもう物が多過ぎて、物が余る時代。そんな中でもここにある製品を買う人もいる」
という言葉が胸にささる。
自分は裕福な時代に生まれたと初めて思った。話を聞くまで物がたくさんあり、それを選べるのは当たり前の感覚。そんな感覚は有難いことだと。
この帽子のおじさんから、最後にあったかいコーヒーを貰った。
「兄ちゃん、コーヒー飲むか」
あったかいコーヒー。お互い九州男児だったのでくれたのかも。コーヒーくれた理由も言わない。けれど、自分も
「いいと?ありがとう」
と言って貰っておく。
多くの人が行き交う人間味ある商店街だったのだろうと思う。
モトコー商店街へ行って
三宮辺りは復興とともに栄えて、多くの人で賑わう。
その裏で、復興を支えたモトコーの耐震工事によるお店の立ち退きでその様子がガラッと変わりつつある返還期を観れる時代。
移転することで様変わりするかも知れないが、この商店街の人くさい部分は後世にも受け継がれて欲しいと思った。